適当に随筆

日々の生活で思ったことを適当に書いていきます。

個人という存在について何となく書いてみた。

どこかのSNSに少しこぼしたものを気が向いたのでまとめてみようと思う。

 

各個人にはそれぞれ違いがある、そりゃ当たり前だが、なんで違うんだろうと少し踏み込んで考えてみたことが少し前にあった。

 

生まれや、親や、育った環境、体格、体重、趣味、趣向、好きなスポーツ。

リストアップするのが面倒になるほど多大な項目で人間は、各個人は個人差が発生する。まあ年を経るにつれそれは顕著になり、ある一時期からは逆に各個人差は一部の例外を除き影を潜めはじめ、最終的には死亡という究極の終わりで終息してしまう。

 

まあ、自分が納得できた一言で書いてしまうと。

「運」だとしか言いようがない。

 

RPGのキャラクターメイキングをさらに細別化し、ランダム分配され、ランダムに生まれ落ち、ランダムに配置されたキャラクターと交流し成長し最後に死ぬ。

 

人間の人生なんてあっさりした文章でまとめてしまうとそうなってしまう。

 

後は周囲の人間関係と、それに付随する趣味趣向、知的レベル、宗教、社会的階級etc

そうして好きなように生きていく。

 

それだけなんだろう。

俺なんかだと、友達はあまり多くないが、物語たちと一緒に生きてきたから物語に囲まれた生活をしているし。

友達に囲まれた生活をしている奴は、友達と一緒に生きていくのだろう。

 

 

個人というのは。

外的な個人と内的な個人に分類される、ように思う。

 

外的な個人はその個人の外的な評価。

内的な個人はその個人の内的な評価。

 

外的な個人は、その個人の今までの行動、発言その他発信した情報に基づいて他人が判断するものであって、極めて不安定であやふやで変化しやすいものだと思う。

そうして一度、特定個人の、外的な個人の刷り込みが終わってしまうとその個人のイメージが固まってしまい、『そういうもの』になってしまう場合が多々ある。

 

内的な個人は、その個人の内的な自己評価。

何ができて何が得意か、何ができなくて、何が苦手である、自分がどんな人間かということの自己把握。

自信と言い換えてもいいが、少し違うように思う。

 

個人同士の好き嫌いは、内的な個人によって各種アウトプットされた情報の個人的な好みの問題なんだろう。

見た目、雰囲気、体格、性別、性格、発言内容、趣味趣向。

 

好き嫌いの発生メカニズムはこんな簡単なものなのかなあと思いました。

好きの反対は、無関心。

そういうことです。

 

なんか変な方に話が進んだが消さないで、アウトプットを続けようと思う。

 

 

俺は今年で30になるわけなのだが。

俺という人間が30年間生きてきた結果が今の俺なんだと思う。

オタクで、マンガ好きで、アニメも見て、元ゲーオタで、エロゲーマーで、ヒトカラ好きで、アル中で、猫派で。

書くの面倒くさくなってきたからやめるけれども、俺が今まで行動してきた、その結果のありとあらゆる情報の集合体が俺自身なんだろう。

そりゃあ、誰にとっても当たり前のことなんだけれども。

なんかこの前ふと気が付いて驚愕した、当たり前すぎて自分が気が付いてなかった事。

 

過去の自分が、今の自分を作っていて。

今の自分が、未来の自分を作ってるんだよ。

 

ごくごく当たり前だけれども。

それだけで、いつより少し前に進めた気がした。

 

だから、まだまだ頑張るよ。

あの時決めた、あの場所に立つ為に。

だって、まだどこまで歩いたのか分からないんだから。