適当に随筆

日々の生活で思ったことを適当に書いていきます。

自分の為、他人の為、そして自分と誰かの為

頭の使い方を切り替えて行かないといけなくなってきた。

自分の為だったら非常に生きやすいし過ごし易い。

自分の事だけ考えて、自分だけが過ごしやすい様に。

 

けれども、他人と生きるためと考えるならば、他人も生きやすくするしかないのだ。

 

他人の為に。

見知らぬ他人の為に。

誰かの為に。

 

出来ている人間と出来ていない人間がいる。

 

自分の為と、

誰かの為。

そして、自分と誰かの為。

 

昔から少しずつ考えていた。

一体何が違うのだろうかと。

 

自分で使うか、

押し付けるか、

差し出すかの違いなのだろう。

 

自分で使うだけなら自由だ。

けれども押し付けられると無理矢理だから嫌になる。

だけども差し出されると拒否権が存在するのだ。

 

恐らくはその違い。

 

普通に使うか、

受け取るだけか、

貰いに行くか。

 

形は色々存在するけれども。

 

貴方は誰かのことを考えていますか。

自分だけなら大丈夫です。

誰かを考えないで押し付けていないですか。

誰かを考えて渡してあげていますか。

私は少し前まで押し付けていました。

 

学生が下駄箱に手紙を入れて校舎裏に呼び出して想いを告げるのは、殆どの場合が押し付けなのだろう。

 

自分の使い方は別にいい。

誰かへの押し付け方、そして、誰かへの差し出し方。

 

さり気なさ。

ふとしたさり気なさと、気遣いと、強引ではない優しさ。

 

 

誰かの誰かへ、まで考えると更に世界が広がります。

 

誰かの誰かへ。

誰かと、誰かの誰かが幸せでありますように。

 

頭を捻れば出るものだね。

 

少しスッキリした。